2022年1月15日 星期六

(世界新聞):キャッチボールができない君と歩んだ “9時間16分55秒”

與無法傳接球的你一起走了9小時16分55秒

來源:廣岡千宇, NHK, 28 DEC 2021, 原文網址

私はまだ、小学生になる息子の言葉を聞いたことがない。

我到現在都還沒有辦法,由已經成為了小學生的兒子嘴裡聽到任何隻字片語。


朝起きて「おはよう」と声をかけても返ってくるのは、“シュー、シュー”という無機質な呼吸器の音だけだ。いつか結婚して、もし男の子が生まれたら、休みの日にはキャッチボールをする。漠然と思い描いていた未来にはなりそうもないけれど、君はたくさんの贈り物をくれた。
ことし、君と歩んだ “9時間16分55秒”を私はこの先もずっと忘れないだろう。
早上起來就算喊著"早安",但回應我的只有呼吸器冷冰冰的咻咻聲。與想要的"有朝一日結婚後要是生了男孩,放假日要去跟他玩傳接球"這樣模糊的想法描繪出的未來不同,你倒是給了我許多禮物。今年,與你一起走了9小時16分55秒這件事以後我一輩子都無法忘懷。

 

息子のために、私は主夫になった

為了兒子,我成了家庭主夫

私、土屋義生(42)が、児童相談所の職員を辞めて主夫になったのは3年ほど前のことです。息子の荘真(8)のためでした。

我是土屋義生(42歲),辭去兒童諮詢所職員的工作後成為家庭主夫已經是3年前的事了。這都是為了我的兒子莊真(8歲)。



彼は生まれてすぐ髄膜炎を発症した影響で脳に障害があり、話したり体を動かしたりすることはできません。人工呼吸器が欠かせず、24時間介助が必要です。

他出生後很快就因為罹患腦膜炎導致腦部機能障礙,造成連說話、移動身體這些事都辦不到。人工呼吸器也不可或缺、24小時都需要有人看護著。



共働きだった私たち夫婦は、交互に育児休職を取得し介助を担ってきましたが、その期間も終わり、決断を迫られました。

我們夫妻倆都在上班,透過輪流請育嬰假的方式,一前一後擔負起照顧的責任。但假請完了,終究得面臨下決定的時候。


やりがいを感じていた仕事を何とか続けられないかと、荘真を預けられるところを必死に探しましたが、見つかりませんでした。妻と長い話し合いを経て、比較的、家事が得意だった私が仕事を辞めることになりました。

曾拼盡全力的尋找能把莊真託付過去的地方,但並沒有找到,那麼無論多麼值得努力的工作也無法再繼續下去了。與妻子花了很長時間討論後,比較起來較為擅長家事的我就辭去工作了。


荘真との日々は、楽しいながらもいつもどこかで気が張っています。

與莊真在一起的日子,就算很開心也總是會在某些情況下變得很緊張。


もしも私が寝ている間に何かの拍子で呼吸器の管が外れてしまったら…。毎晩、医療用ベッドの近くに布団を敷いて床につくものの、私の眠りはずいぶん浅くなったように感じます。

要是我在睡覺的時候,有什麼東西把呼吸器的管子弄掉了...。每天晚上我都要在靠近莊真的醫療用床鋪旁鋪床,所以我變得非常淺眠也就不在話下。

コロナ禍の年の瀬 1通の匿名の投稿

武漢肺炎肆虐的年末、收到的一件匿名留言

そんな去年の年の瀬。

這樣情況下的去年年底


息子との日々をつづっていた私のブログに匿名の投稿が届きました。

我的部落格內寫著與兒子的日常生活,這時來了一則匿名的留言。


「言い方は悪いですが、重い障害を持った方は、一生税金頼みの生活です。一年でどのくらいのお金がかかっているかわかって生活されていますか。一生懸命仕事をして、それでも生活がかつかつであると、とても不公平を感じます」

"說起來很不好意思,但你們這樣有著重度殘障的人一輩子都得依賴稅金活下去。你們知道一年下來為了讓你們過活得花多少錢嗎。我就算拼命工作生活上也常會捉襟見肘,實在是覺得非常不公平。"


新型コロナの感染者が増え続け、再び緊急事態宣言が出されるのではないかと緊張が高まっていた時期でした。光の見えない生活の中で、誰に助けを求めていいかさえ分からない人もいたと思います。

那是個武漢肺炎的患者持續增加,到底會不會再次發布緊急事態宣言呢?...這樣的緊張情勢不斷加劇的非常時期。我想在看不到光明未來的生活中,一定有甚至連能向誰尋求協助都不知道的人存在。


想像していなかった言葉に、精神的に受けるものは大きかったですが、少し冷静になるにつれ「こう考えるのはこの人だけではないかもしれない」という気持ちがよぎり、無視することはできませんでした。

對於意想不到的這些話語,當然心裡上受到很大影響、但慢慢冷靜下來後,接著就會想"會這樣想的人或許也不會只有這一個而已",所以不能放著當沒看到。 


私は一晩考えて返事をしました。

我思考了一個晚上後回了這則留言。


土屋さんの返信
「コメントありがとうございます。税金、確かにそうですね。我が家は手当などかなり助けてもらっています。仰るように不公平な世の中だと思います。生きにくさを感じている人たちが責め合う社会ではなく、どんな人でも生きることに困らない、生まれてきて良かったと思える社会になって欲しいと思います」
(ブログ『ともに歩む日記』より)

土屋先生的回覆

"非常感謝您的留言。稅金的話確實是這樣。我家獲得了相當多的津貼與補助。如您所說我也認為這是一個不公平的世界。但我想我們的社會不要變成是感到生活困苦的人互相責怪著、而是成為無論何人都不會覺得活著很煩、都覺得能活下去真好的社會。"

(部落格:一起走下去的日記)


登校から下校まで 新たな日課

從上學開始到放學的新生活

 

4月。「匿名の投稿」のことを自分なりに受け止め始めたころ、荘真は元気に小学2年生になりました。

4月份、大概在我以自己的方式處理掉"匿名留言"事件的時候,莊真也變成了一個精神飽滿的小學二年級生了。

 

私の日課は、週4日の特別支援学校への付き添いです。地域によって状況は異なりますが荘真の学校ではたんの吸引など医療的なケアは親に求められるため、登校から下校まで校内で待機します。

我的任務是一週有四天要陪著一起去特教學校。當然每個縣市的狀況會有所不同,而莊真的學校是因為抽痰等醫療作業會需要家長處理,所以從上學開始到放學都要在學校內待命。


荘真は言葉はなくとも感情の起伏が豊かで、嫌なことがあると体を硬くしたり、わざと医療機器のアラーム音を鳴らしたりもします。

莊真雖然不會說話但是情緒可豐富著呢,有討厭的事情的話,有時候會把身體硬挺著、不然就是會故意引發醫療儀器的警報聲。

 

それが学校の前の日には、表情からわくわくした気持ちが手に取るようにわかります。その姿に、親としてはできるだけ学校に通わせてあげたいと思うのです。

還有就是在要上學的前一天、從表情上就可以很清楚感受到你期待興奮的心情。看到你這樣,我想爸爸能做到的就是好好帶你去上學。

ある日の散髪と、親たちの葛藤と

理髮的那一天、與家人的牽掛

 

6月。わが家に美容師さんが来ました。久しぶりの荘真の散髪です。

6月份、理髮師來到我們家。好久沒為莊真理髮了。


「荘真の髪を切ってもらって、びっくりするぐらい気分が変わりました。日常の介助に追われるばっかりで、荘真の髪を切ってもらったり、カッコよくしようなんて発想が全然なかったもんなぁ。荘真はまんざらではない表情です」
(土屋さんのブログより)

"莊真的頭髮剪好的時候,大概是因為太驚訝的關係心情也變好了。總是忙於日常的照護工作,一旦修剪了莊真的頭髮,才發現對於怎樣剪才會帥一點概念都沒有啊。莊真到是一副"也不壞嘛"的表情。

(土屋先生的部落格)
 

実は、いつも担当してくれる美容師さんも、重い障害のある子どもの介助をした経験があります。この日、今は亡きその子との時間の中で感じた葛藤を話してくれました。

事實上、一直以來幫忙莊真的理髮師,也有協助照護嚴重殘障孩童的經驗。那一天,他跟我們提到了他那時與他還在世的孩子相處時的感受。

 

美容師の女性

女理髮師
 

「私、ちょっとひどいかもしれないけど、娘をレスパイトで病院に預けたとき『あー休める』って思っちゃってたんですよね。お兄ちゃんたちを連れて遊びに行っちゃったりして。本当はあの子とも、いろんな所に行きたかったな…」

"我可能是有點過份吧,使用喘息服務把女兒送入醫院的時候,心裡卻想著"終於可以休息了"。還帶哥哥一起出去玩。但其實我真的好想帶那個孩子去很多地方玩。"
 

※レスパイト=家族などの介護者が一時的に休めるよう短期入院や一時預かりをするケアを呼ぶ

※喘息服務=為了讓像是家人的照顧者能有暫時的休息,以短期住院或是臨托的方式提供的服務。
 

荘真も3か月に1回程度、このレスパイトで短期入院をさせてもらっています。
家族が倒れないようにする仕組みなのだから、堂々と休めばいいのかもしれませんが、私もいつも罪悪感がよぎります。

莊真的話大概每三個月也會使用一次這樣的喘息服務,短期住院一段時間。
 

散髪を終え、さっぱりした表情を見せてくれた荘真。
どんな風に思っているのか、聞きたくなりました。

剪完頭髮、莊真露出了清爽的神情。他到底覺得如何呢,實在很想問問他。


コロナ禍の夏 パラリンピックを見つめて

武漢肺炎肆虐下的仲夏、觀賞殘障奧運

 

7月。少し特別な夏が訪れました。

7月份,有點特別的夏天到來了。
 

新型コロナの感染者が連日、過去最多となる中で、“多様性と調和”を掲げた東京オリンピックが開幕。

就在武漢肺炎的感染者數目連日創下歷史新高的情形下,以"多樣性與和諧"為口號的東京奧運開幕了。
 

荘真は感染そのものが命に直結します。家族みんなで神経をとがらせていただけに、選手のことは応援したいものの、大会の開催には違和感を拭えませんでした。

就莊真而言感染武漢肺炎是性命攸關的問題。家人全員都是盡其所能繃緊神經著、就算想要對選手好好加油,但在這節骨眼舉辦奧運總覺得莫名其妙的心情卻是揮之不去。
 

そして、8月に始まったパラリンピック。

接著、殘障奧運在八月份開始進行了

 

振り返ってみると私はパラリンピックというものを意識して見た経験がありません。
パラアスリートたちの姿が、できないことにあらがっているように見え、直視することができなかったのかもしれません。

回頭來看,印象中我並沒有看過殘障奧運的經驗。

殘障選手的體態、或像是挑戰身體的不便,這些事我都不忍卒睹。
 

けれどこの夏、気がつけば私はパラリンピックに夢中になっていました。

然而這個夏天,我不知不覺的就著迷於殘障奧運的賽事了。
 

そこには、ただ純粋にスポーツを楽しむ選手たちと、自分のことのように喜び、時に涙する伴走者の姿がありました。

那裡有著純粹是享受運動樂趣的選手、還有一些就像是把選手的事當成自己的事一樣,有時欣喜、有時垂淚的伴跑者。

 

自分と荘真との日々を重ねながら声援を送り続けていました。

與莊真日復一日相處的同時,也一直在為選手加油打氣。

 

「勝ち負けじゃなく、競技自体を楽しんでる。障害、違いを超えて共に何かを目指す楽しさ。人からどう思われようと、意味があるかないかはともかく、やりたいからやる。それはとても楽しく、幸せなこと。勝ち負けだけじゃない本質を見たよう感じがして、なんか勇気をもらえました」
(土屋さんのブログより)

"不是輸贏得問題,而是對運動本身樂在其中。無論殘障或其他不同,一同為了某個目標奮鬥的樂趣。要是不管別人是怎麼看待你的、做的事情有沒有任何意義,想做的話就可以去做。這樣實在是一件非常快樂、幸福的事。不只是輸或贏而感覺像是看到了運動的本質,不知為何我也因此獲得了勇氣。"

(土屋先生的部落格)

実りの秋に それぞれ変化と成長

到了秋收時節,各自的變化與成長

 

10月。荘真は8回目の誕生日を迎えました。

10月份。莊真第8次的生日來臨了。
 

当初は医師から自発呼吸は難しいと言われていましたが、家族から「ふーしてみて!」と声をかけられると…。

當初是被醫師說難以自行呼吸的,此時家人們卻說著"試著吹吹看喔!"。
 

呼吸器を外したのど元から息を出してロウソクの火を消してくれました。
「そーちゃん、すごい!!」
荘真の姉も妹も、妻も私も家族全員で歓声をあげました。

拿掉了呼吸器,從嘴裡吹氣將蠟燭熄滅了。

"就是這樣,太棒了!"

莊真的姊姊妹妹、還有妻子跟我全家人都歡聲雷動。
 

できないと思っていたことが、想像を超えてできるようになる。親が勝手に限界を決めるべきではないと、教えられる日々です。

一直以來以為做不到的事情,卻能夠超乎想像的作到。爸媽實在不應該擅自設定界線,我們那天又學到了一課。
 

そして、変化や成長しているのは荘真だけではありません。
「そうか、5年頑張ればいいのか」
妻の真澄(41)は医師から「片手の指、生きられるかどうかです」と告げられたとき、24時間介助の過酷さを考えほっとしてしまったと、のちに明かしてくれました。

然而,有在改變與成長的並不只是只有莊真而已。

"是這樣啊、努力5年看看好不好?"

後來才知道,妻子真澄 (41歲)聽到醫生手伸出來比五告訴他"看能不能活下來?"的時候,考慮到24小時都要看護的辛勞,她不情願的長嘆了口氣。


その気持ちは、荘真との日々の中で変わっていったようです。

這樣的心情,在與莊真相處的每一天中慢慢有所改變。
 

母 真澄さん
「8年前の自分に、今の楽しい暮らしを伝えても信じないかもしれないですが、荘真がわが家の一員としていてくれることで、成長も喜びももらっているので、今は成人式も迎えてほしいです。いろんなことを助けてもらわないと生きていけないですけど、それはみんな一緒で、私だって助けてもらいながら生きてるんですよね」

媽媽真澄

"8年前的自己,你要是告訴我會有像現在快樂的生活我大概也不會相信,莊真作為我們家的一員而存在,有成長也有喜樂,現在我都滿心期待著迎接他的成人式了。要不是有得到許許多多的幫助不然他早活不成了,所以也算是全家人一起,就算是我也一樣是受到了許多的恩惠而活下去呢。"
 

姉 由真さん
「私だって、休みにはもっと出かけたかったし、バリアフリーじゃないレストランにも家族そろって行ってみたかった」
荘真の3つ上の姉、しっかりものの由真(11)。
我慢もたくさんしてきたと思いますが、自分の通う学校に荘真を連れてきてほしいと言います。

姊姊由真

"休假的時候我也會想多出去玩、也想要全家人一起去沒有無障礙設施的餐廳吃東西。"

比莊真大上3歲的姊姊,極為可靠的由真(11歲)

我想她在很多地方都暗暗忍耐著,所以我跟她說我想要妳帶莊真去妳的學校看看。
 

「この機械はなに?」
「どうやって、ごはん食べてるの?」
違う学校に通う荘真に、由真の同級生たちは純粋に興味津々の様子でした。

"這項儀器是什麼?"

"要怎麼吃飯呢?"

"對於上不同學校的莊真,由真的同學們單純的表現出非常好奇的樣子。"


姉 由真さん
「チョコレートが大好きな荘真。くちびるにチョコをあててあげると、うれしそうにペロッとする。妹とささいなことでけんかをしていると、すごく悲しそうな顔をする。そうやっていつも家族の輪の中にいる。荘真にだって言いたいこと、考えていることがあって、一緒にいると何となく分かってくる。だから私は、学校のみんなにも荘真のことをもっと知ってほしいと思う。荘真がいるからいけない場所はあるけど、荘真がいるから出会えた人がいる。私たち家族をいろんな世界とつなげてくれているんだ」

姊姊由真

"最喜歡巧克力的莊真。把巧克力送到嘴邊會開心的伸出舌頭來舔一舔。跟妹妹因為之微末節的事情吵架的時候,則會露出很悲傷的表情。總是這樣在我們家人之中活躍著。就算是莊真也有想說的話與思考的事,只要跟他相處在一起就能夠懂他。所以我希望學校的每個人都更了解莊真的事情。雖然有莊真在會有沒辦法去的地方,但是有他在也遇見了新的人。讓我們一家人與這形形色色的世界連結在一起。"


挑戦 君とともに生きていく

挑戰、在你身邊一起活下去


11月。子どもたちの成長とパラリンピックに背中を押されるように、私は荘真とある挑戦をしました。初めてのスポーツ、それもフルマラソンへの参加です。

11月份,孩子們的成長與殘障奧運像是給了我勇氣一樣。我與莊真完成了那個挑戰。那就是參加全馬。
 

大会は全員が同時にスタートするのではなく、参加者が自由にコースを決めてGPSで記録を送信します。私は横浜市内のかつての職場や夫婦で暮らした場所など、荘真と一緒に家族の思い出をたどりました。

主辦單位並不是全員集合在一起鳴槍起跑的,而是由參賽者自行決定路徑再使用GPS傳送紀錄。我則是在橫濱市區內的以前上班的地方、夫妻一起生活的地方等等,與莊真一起沿著全家人的回憶出發。
 

体重が17キロの荘真を10キロ以上ある医療用の車いすに乗せ、時に段差に阻まれながらひたすら歩き続ける。

體重17公斤的莊真乘坐在10公斤以上的醫療輪椅上,不時有高低落差阻擋,但我還是堅定的走下去。
 

これまでのいろんなことが頭を巡りました。
自分や荘真がこの社会で生きる意味とは何なのかー。

到此為止的許多事情都在我的腦海裡閃過。

自己與莊真在這個社會上活著的意義是什麼呢?
 

30キロを過ぎたあたりで私の足は棒のようになっていました。きっと、1人だったら、そこで諦めていたことでしょう。

大概過了30公里的地方,我的腳就因疲勞變得硬梆梆的。要是只有一個人的話,我絕對會在這個地方就放棄了吧。
 

荘真はというと、寒さや道路からの振動に音をあげるのではという私の予想を裏切って、嫌がるそぶりを見せずにつきあってくれました。

至於莊真這方面,與我一開始的猜測不同,對於寒冷的天氣與來自與馬路間振動產生的噪音,一點嫌棄的態度都沒有著陪伴在我身邊。

そして、スタートから9時間16分55秒。

接著在開賽9小時16分55秒後。


私たちは42.195キロを一緒に完走しました。

我們一起走完了42.195公里。


「荘真とマラソンをして、ただ、楽しかった。荘真と移りゆく時間を共にできた。目標に向かって共に歩くことができた。それだけで幸せでした。その幸せは荘真と一緒にいたからこそ感じることができたんだと思う」
(土屋さんのブログより)

"與莊真一起跑馬拉松,只有開心可以形容。我可以與莊真一起行走度過這段時光。能夠一起朝著目標前進,只是這樣也感到幸福。我想我能夠感受到這份幸福是因為與莊真一起走才有的。"

(土屋先生的部落格)
 

キャッチボールはもちろん、息子とのスポーツは夢のまた夢だと、勝手に諦めていた自分はいつしか消えていました。

傳接球當然沒辦法,與兒子一起從事什麼運動的夢都還只是夢想,但是隨便就放棄努力的自己不知何時已經不見蹤影了。


ことしも、来年も、その先も君と

無論今年、明年或以後都與你一起

仕事を辞め、自分の価値はなんだろうと悩んだ時期もありました。これからも葛藤しながら生きていくのかもしれません。

也曾有過辭去工作、煩惱著自己的價值到底是什麼的時光。之後生存下去同時也有許多困難險阻也說不一定。
 

でも、そんな私に荘真は本当に多くのことを教えてくれます。
人生が豊かになりましたし「弱いところを見せてはいけない」という呪縛からも解放してくれました。ある意味、すごく生きやすくなりました。

但是,這樣的莊真真的教會了我很多事情。人生要變得豐富,要從"不可以被人家看到你脆弱的地方"這種束縛解放開來才行。這樣來看的話,生存下去要簡單的多。

 

ありのまま生きていけばいい。
それは荘真が気付かせてくれたことです。

就以你原本的面貌勇往直前活下去就好。

這是莊真讓我發現到的事情。

 

来年も、その先も、君とともに歩んでいけば、迷わないのかな、大切なことを見失わないのかな、そんな風に思うことしの年の瀬です。
無論明年或是以後,在你身邊一起走下去的話,不會再有困惑、也不會再對寶貴的東西再有迷惘吧,這是我年底時領悟出來的心得。
 

註釋:

児童相談所:日本地方政府設置的兒童福利機關,還有189電話專線24小時受理虐待通報、育兒諮詢等服務。

共働き(ともばたらき):夫妻雙方都在上班

やりがい:有價值去做的 

話し合い(はなしあい):討論

気が張る(きがはる):緊張

ずいぶん:極為、非常

綴る(つづる):撰寫 

届く(とどく):抵達、到來

年の瀬(としのせ) :歲末年終

かつかつ:形容非常接近極限

手当(てあて): 津貼、補助

責め合う(せめあう):互相責怪

受け止める(うけとめる):接受結果、回應狀況

日課(にっか):日常生活流程

自分なりに(じぶんなりに):以自己的方法、態度

付き添う(つきそう):陪伴、護送 

態と(わざと):故意的

手に取るように(てにとるように):非常明白的

満更(まんざら):在否定語態下使用,並非完全、未必一定... 

レスパイト:(respite),喘息服務

掲(かか)げる:公佈、作為口號 

神経をとがらせる:繃緊神經

違和感(いわかん):不適當、奇怪的

抗う(あらがう):對抗、抵抗

夢中(むちゅう):醉心於、專注於

伴走者(ばんそうしゃ):在殘障田徑比賽中,協助盲人選手明瞭賽場狀況的人

重(かさ)ねる:堆疊、反覆 

兎も角(ともかく):無論...

実り(みのり):收成

成人式(せいじんしき):每年一月的第二個星期一對於20歲(即將下修至18歲)的人舉辦的儀式

けれども/けど:雖然

そろって:都在一起

しっかり者(しっかりもの):可靠的人

ぺろっ:稍微把舌頭伸出來舔一舔

繋(つな)げる:連結、繫緊

背中(せなか)を押(お)される:推上一把,比喻給予向前的勇氣

かつて:曾經的、先前的

辿(たど)る:隨著路線前進

ひたすら:堅定的

嫌がる(いやがる):嫌惡

素振り(そぶり):態度、行為

いつしか:在發現之前... 

葛藤(かっとう):困難、衝突

ある意味(いみ):就某種意義上來說... 

ありのまま:as it is, as you are

見失う(みうしなう):迷失


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